TL;DR

古い独占禁止の枠組みを、インターネットの経済学を享受するテック企業に、そのままはめ込むのは好ましくない。

欧州の決断

今回はテック企業の規制についてです。世界中の様々なプレイヤーがテックジャイアントに反トラストの縄をかけようとしています。この状況についてはテックポッドキャストの rebuid.fm の “234: Thoughts And Prayers” でビジネスと技術の双方の観点に加え、アメリカの政治状況などもスコープに入れながら、とても簡潔に説明されています。39:14〜をお聴きください。それから最近の欧州の動きについては、英国の経済誌である The Economist の“Why big tech should fear Europe”が素晴らしい記事でした。

これらと様々なソースをまずまとめて、現状を整理してみましょう。

欧州と米国の双方では、Apple以外のテック企業が個人のデータを自由気ままに利用しているという評判があり、それが規則の厳格化をもたらしています。先週触れたようにAppleはプライバシーに配慮したかったわけではないく、ただ単にアドテクが苦手だっただけです。Appleのアドテクの苦手さは巡り巡ってこの非難の渦から距離をとることを可能にしました。

主に大陸系の欧州人は、米国のテック企業が十分な税金を払っていないことをかなり気にしています。これのパイオニアはむしろAppleです。Appleがダブル・アイリッシュ、ダッチ・サンドイッチというスキームで積極的な租税回避をしていることが、欧州がグローバル企業や超富裕層にしっかり課税しようと考える中で、かなり問題とされるようになってきました。またクライストチャーチでの大虐殺の動画など、彼らが広めるコンテンツについて、そして彼らが制限していると考えられているものについても、いたるところに心配があると欧州は考えています。

テック企業には、これらのさまざまな問題を解決する経験豊富で高いフィーを請求するロビイストが欧米の双方にいます。

Googleが3月20日にオンライン広告市場での影響力を乱用したために罰金を科された15億ユーロ(17億ドル)などの偶発的な損失は、素晴らしい財務を誇るGoogleにとっては「ビジネス上のコスト」として処理できる額にとどまっています。ただ、ヨーロッパの規制当局は、プライバシーに関する懸念と競争に関する規則をまとめて、テック企業が行うインターネットビジネスに大きな制約を制約を作り出そうとしています。

すべての主要なテック企業が欧州の独占禁止法に抵触したことがあります。規制当局の見方についてはカギカッコで区切ることで対応しているのであしからず。

2017年以来、Googleは3回の”制裁”を受けています。これらは「検索結果における自社のショッピング比較サービスでの恣意的と考えられる選定」、および「Androidにおけるライバルの排除」、あるいは「広告における強みの悪用」を理由に、合計82億ユーロの罰金を科しました。 Googleは控訴しています。

2017年、FacebookはWhatsAppとFacebookをインテグレートする計画について1億1000万ユーロの罰金を科されました。

同年、Amazonは電子書籍の販売方法について当局から勧告を受け、その取引慣行を変更することに同意しました。 「Amazonがマーケットプレイスの販売データを使用して独立系小売業者との競合を著しく有利に進めていること」をめぐっては、現在ドイツとヨーロッパの両方で初期段階の調査をしています。 スウェーデンの音楽ストリーミングサービスであるSpotifyは3月13日、AppleがApp Storeを通じてサービスを販売しているデベロッパーから効率の「税金」を徴収するのをやめるよう、欧州委員会が介入することを要求しました。

プライバシー

それからプライバシーがあります。ほとんどすべてのヨーロッパの国々が過去100年間で独裁政権を経験しました。日本でもそうだったように独裁政権はプライバシーを侵害し人々を完璧に監視します。このような経緯からプライバシーは「基本的権利」という形で憲法レベルで守られているはずです。米国ではそのような憲法のもとでNSA(国家安全保障局)が人々を監視し続けてきましたが。

昨年5月に発効した一般データ保護規則(GDPR)は、この問題を新たなレベルに引き上げました。 ヨーロッパ全体のデータ関連のレギュレーションを調和させるだけにとどまらず、個人が彼らに関する情報がどのように使われるかを選ぶべきであるという原則を確立しました。

アプリやブラウザによって収集されたユーザーに関するデータは、オンライン広告の重要な基盤です。The Economistの引用によると、コンサルタント会社のeMarketerは2018年にはアメリカで1,080億ドルの価値があったと算定しています。これらのデータはユーザーのアテンション(注目)を最高の入札者に引き渡すことによって機能します。このゲームでは買い手と売り手のエージェント、そのマッチングのプロセスを一気通貫しているプレイヤーが強く、とても雑な比喩をすると、スロットマシーンが並んだカジノを作れるプレイヤーがそれこそカジノのような感じで大儲けしていきます。長い競争の末にカジノは大きく二社に収斂しましたが、最近コマースをやっているもう一社が参画しすぐさま3位に躍り出ました。

『サルたちの狂宴』でアドテクの変遷を振り返る 独占が自由市場を駆逐した理由

しかし、アドテク産業が個々人のプライバシーを侵害することには興味が無いことに留意しないといけません。彼らは有意な傾向を持つ消費者のクラスタを作りそこに広告を提案することに興味があります。だから、そこまで、プライバシーを侵害しようとは思ってはいないわけです。しかし、そのビジネスプロセスの中で実質的にプライバシーに脅威となるような運用になってしまった例は数多あるだろうし、またご存知の通りソーシャルメディアがAPIからデータを抜かれてそれがアメリカの大統領選挙に使われた可能性がある、という事案も存在します。

また、アグリゲイトしたデータを広告で換金することは、特に世界にポジティブな影響がないことなのです。広告という誤った情報の流布を競うゲームの悪影響を引き受けるのは市民なのです。あらゆるソースから得られるデータを処理することで、私達の経済社会をより豊かにすることは可能だと考えらます。ただそれを広告で換金するのが、社会に悪影響がありますし、フェイクニュースはその典型的な例です。支配的な立場にあるテック企業はデジタル広告に依存しないインターネットに向かっていってくれたらと僕は考えています。

僕がフェイクニュース問題の解決策に定額課金モデルを奨める理由

米国でも同様の政治とプライバシーの懸念があります。上院議員のエリザベス・ウォーレン(民主党・マサチューセッツ州選出)は、次期大統領選挙の民主党候補をめぐる駆け引きの中で、巨大テック企業の分割を提案しています。さまざまなスキャンダルを経験した人々はプライバシーのことを考えるようになってきています。

集中の力学

さて、今度は世界経済をふわっと概観してみましょう。話がどんどんでかくなってくるのでなんでやねんという感じではありますが。

すごいざっくりした話をすると、世界では富がどんどん増えています。富は最終的にはお金という形で換算されています。で、1%の超富裕層はほぼ世界の富の半分を蓄えていて、その富の一部は現実世界で使えない、行き場を失った富と言ってもいいのです。この傾向は2007−2008年の世界金融危機のあとも変わらず進展しています。資本収益率(ROI)は常に経済成長率を上回るため、ほんの一部のキャピタリストへの富の集中が進んでいます。だからあなたがお金が大好きなら僕のようにスタートアップなんて始めてないで投資家になりましょう! 僕はそこまでお金に興味がないからスタートアップの創業者をしているわけです。

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とにかく、そういうマネーは証券市場にも溢れんばかりに注ぎ込まれています。そして、証券市場には労働分配率(企業の儲けの労働者への還元率のようなもの)の低い、あるいは知識集約的で利益率の高いとも表現できるテック企業の株が上場されているわけです。ホームレスマネーとテック企業は婚姻しました。実際のビジネスにおける圧倒的な優位性と膨張する株価が、彼らをどんどん強者にしていきたのです。

強者たちは労働集約性の高い部分を負わずして儲ける技法に磨きをかけています。これは資本主義のハック方法として優れていますし、金融危機の後針のむしろにされたウォールストリートの金融機関がしていた(している)ことでもあります。Airbnbはほとんどホテルに類する設備を整えずして、Uberは一台も自動車を所有することなく、大企業になりました。ホテルの設備を維持したり、自動車を購入しメンテナンスする必要したりする最もコストを生み出す部分をその事業の外に切り出しています。

そしていま、いろんな国の政府のひとたちが反トラストの適用を考えるようになってきています。ただ、規制をするときにはそのアップサイドとダウンサイドを秤にかける必要があります。っと、この話は後でもう一度するので、まあ前に進みましょう。

寡占化の傾向はテック業界に限らない

さて、寡占化の傾向はテック業界に限りません。世界中のいろいろな業界でM&Aが活発です。

Slide22-1 (1) Via deallogic

CEOの使命がROIの最大化だとするなら、競合と合併してしまうのは最高の手段です。Facebookは潜在的な競争相手を買収し、その事業がいまや本業をしのぎつつあります。買収を拒否したCEOがモデルと結婚した挑戦者には、冷徹なコピー戦略を浴びせ、退場させました。

S&P 500 REPORTING RECORD-HIGH PROFIT MARGIN FOR SECOND STRAIGHT QUARTER

https://insight.factset.com/sp-500-reporting-record-high-profit-margin-for-second-straight-quarter

Factsetによると、2018年第2四半期のS&P 500の各社の平均的な純利益率は11.6%でした。 11.6%が当四半期の実際の純利益率である場合、2008年第3四半期にこのデータの追跡を開始して以来最も高い数値になっています。これだけでは「M&Aが増えて寡占化が進みグローバル企業の利益率が増えた」と説明するにはあまりにも不十分です。でも、なんとなくそんな感じはしてきませんか?

しかし、インターネット/ソフトウェアの分野の寡占化傾向はやはり他の業界より深いと考えられます。その理由はネットワーク外部性(ネットワーク効果)とマージナルコストを余り負わないことにあります。

テック企業の経済学

テック企業がとる戦略には特有の経済学が存在します。これは伝統的組織から見ると奇っ怪に見えるはずです。テック企業はこの経済学を利用して、伝統的企業から市場をリプレイスしてきました。

テック企業はネットワーク外部性(ネットワーク効果)を享受していると考えられています。外部性(外部効果)とは経済学の用語で、ある経済主体(人や企業など)の意思決定や行動が、取引の当事者ではない第三者の経済主体に対して影響することです。簡単に言うと「皆がFacebook使っているから僕もFacebookを使おう」ということです。

このネットワーク外部性は厳格に正しさを証明されたわけではないのですが、インターネットに関連する事業では概ねそういう効果が働きうると考えられています。この外部性が一度生じると、競合他社に対する参入の障壁になりうるため、ネットワーク効果は堀としてその重要性を増します。

もうひとつこの経済学の重要な性質は、マージナルコスト(限界費用)を余り増やさずして事業を拡大でることです。市場を制圧した後は彼らは驚くような利益率を上げることができます。これはこの記事に書いたので、参照して頂けると幸いです。

Amazonの経済学 究極の資本効率性を求めて

この記事では、Amazon Goが「レジ」というマージナルコストの発生源を取り除くことに成功したことに触れています。したがって、Amazonが店舗網を拡大し、販売数を増やしたとしても、レジという追加コストが生じないままスケールすることが可能になりました。

これらのエコノミクスを享受するのは上位のテック企業です。暴力的に有利に立っている彼らを独占禁止の枠組みはめるべきか、どうなのか?

企業の目線から見ると、業界を寡占したほうがあらゆる意味で効率がいいのです。競争上生まれる不要なコストやスケールメリットが働いて利益率が上がります。高い利益率が技術革新を促進します。研究開発に莫大なお金を払ってすごいものが作れます。これによりさらに競争力を増しますし、ユーザーの便益があがります。

このメッセージをかっこよくして我々スタートアップの人たちがいいことをしている風に描いたのが、この種の経済学で儲けまくっているピーター・ティールの「Zero to One」です。独占は競争にまさるということです。

実際にユーザーの便益が向上するかどうか、そして企業たちの談合が、社会の進歩を阻まないのかは、寡占的な企業たちが邪悪ではないことに担保されます。ん? どこかで聞いた言葉ですね。そう、「Don’t be evil」 なのです。

結論

インターネットの経済学と反トラストの2つ並べたとき、ひとつはインターネットの商業化とともに育ってきた新しいアイデアであり、もうひとつの反トラストはロックフェラーの時代に生まれた古いアイデアです。新しい現象に、蒸気機関が生まれ石油が溢れた時代の古い枠組みをはめ込むのは得策ではありません。テックジャイアントになんらかのフェアさを求めたり、あるいは支配的地位を活かしたアビューズを許さない仕組みは必要なのは確かです。ただ、彼らが今のところは利用者に大きな便益を与えていることも留意しないといけません。規制することがはたしてどれだけ市民のためになるのかを考える必要があるでしょうか。